wisper of ...




窓から差し込む光のあまりの眩しさに目が覚めた。
そして起きた瞬間「・・・しまった」と思わず口にした。




次の議会に提出する法案の資料を探しに資料室へと向かう途中、視察から帰ってきたルークと鉢合わせになった。
明日にはまたベルケンドの視察へ赴くとの事なので、今夜会う約束をしたのだが膨大な資料の山と格闘しているうちについうとうとと・・・。
外に守衛も居ただろうにご丁寧にも肩から毛布をかけられていて、風邪を引くことを免れたことを感謝しつつも何故起こしてくれなかったのかと、やり場のない苛立ちも。
ルークとはここ2,3ヶ月互いに執務や視察などで会えない日々を送っていて、昨日久しぶりに会えるはずだったのだ。
どうしても会いたかったのに・・・と無念な気持ちでいっぱいになる。
ここで問題なのがルークである。
約束を破ったことについては何も責めないであろうが、あの卑屈なルークの事。おそらく部屋で嫌な考えをめぐらせては一人悶々としている事だろう。
狭い場所で眠ったせいで凝った背骨を解すように大きく伸びをして、掛けてあった毛布を綺麗に畳むと、アッシュは必要な書籍を何冊か持って屋敷に戻った。
屋敷に戻ってルークと共有になっている自室に入ると、ルークの姿はなかった。当然だろう、ルークの話では今朝早くから視察に出ると言っていた。
自分なら何かしらメモを残すのだが、ルークはそういったことを一切しない。
なんだかあっさりしている様だが、彼の寂しそうな表情が容易く想像でき、次にあった時はちゃんと謝ろうと心に誓った。
シャワーを浴び、メイドに紅茶と軽めの朝食を頼むと、自分の執務机に座り、古い資料と書籍に目を走らせる。
暫くしてメイドが紅茶とチキンサンドを運んできてくれたのをいい機会とし、それに齧りつきながら引き出しからインクとペンを取り出し、さて仕事の続きをやるかと覚悟を決めると、
「アッシュ様」
給仕してくれたメイドが紅茶をカップに注ぎながら話しかけてきた。
「そのチキンサンド、ルーク様がアッシュ様の為にお作りになったんです。ちゃんと召し上がって下さいね」
言われ思わず手を止める。メイドはそれだけを言うと部屋を後にした。
自分の手にしたチキンサンドをまじまじと見つめ、頬が緩むのを感じながら再びそれに齧りついた。





日もだいぶん落ちた頃ようやく仕事もひと段落し凝った肩や首を慣らす。
ドアをノックする音と共にメイドが外から声をかけてきた。
「アッシュ様夕食はいかがなさいますか?旦那様よりご一緒にと仰せつかっております」
「そうだな・・・。では共に頂こう」
「かしこまりました。それと・・・」
一瞬間があって。
「ルーク様が間もなくベルケンドから戻られます。お出迎えなさる様に、と奥様からの伝言でございます」
「母上が・・・?わかった」




間もなくして帰宅したルークを出迎えると、ルークは一瞬驚いた顔をしたが、その後複雑そうな顔をして。
「昨夜どこにいたんだ」
声を潜めて、言った。やっぱり、それか。
「俺、朝までずっと待ってたのに・・・ッ」
年の割にはやや大きめな瞳がやや潤んで、ギリギリと掌を強く握り締めるその姿も不謹慎にも可愛らしいなどと思ってしまう。
「昨夜は資料室にいた。調べ物をしてるうちに眠ってしまったらしくて」
やや不満そうに見つめる目があった。
やましい事はしていない。自分の言葉を信じるか信じないかはルーク次第だ。
アッシュ自身がどういう人間かはルークが一番よく知っているはずだ。
「・・・」
暫しの沈黙。
それでもまだ不満げな眼でアッシュを見つめるルークに、ふぅっとため息をつき。
「チキンサンド、美味かった。俺のために作ってくれてありがとう、ルーク」
そう言って抱きしめると、ルークは腕の中でおとなしくなった。
「昨夜は、すまなかった・・・」
「・・・いいよ・・もう・・・」
ルークの抱きしめ返す指先に少し力が入って。
全身で、「寂しかった」と強くアッシュに訴えていた。