鼻の頭に冷たいものが落ちてきて。
空を見上げると先程まで青空だった空は一変して黒い雨雲に覆われていた。
「げっ」
買出しのために市街へと出ていたカノンは
雨が酷くなる前に自宮へ帰ってしまおうと帰路を急いだ。


気まぐれにお風呂に入れるための入浴剤なんか買いに行かなければよかっただろうか。
買ったばかりの入浴剤を包んだ袋が濡れないように上着の中にしまいこんでカノンは走り出した。



自宮の入り口から少し横に逸れたところに見慣れた姿を見つけた。
数刻前に降出した雨は土砂降りになっていて
傘を持っていないその人の髪は水気を含んで黒くさえ見えた。
「あの馬鹿っ、何やってんだ・・・!」
どこかぼんやりして崖の下を見つめるその姿は自殺しようとしているまさにそれだ。



「サガ!」
「・・・」
「おい、サガっ!!」
肩に手を掛けると憂いを含んだ瞳がこちら見た。
「・・・カノ、ン・・・?」
いつものハッキリとした口調ではなく、ぼんやりとした声に不安を感じる。
聖戦を終えた後再び生を与えられたが最後までその生を拒んだのはサガだった。
生き返ってからは以前のように普通に過ごしていたため気にも留めなかったのだが
やはり、今でも・・・?と不安は募る。

突如、轟音とともに空に閃光が走る。
「近いな」
「・・・」
「ほら、ぼさっと突っ立ってないで中入るぞ」
手を掴むとサガの体が一瞬強張ったがそんなことは無視して双児宮の中に入らせた。



「ほら、髪もちゃんと拭けよ」
大きなバスタオルを投げやると、不思議そうにこちらの顔を見つめてくる。
そんなに自分が優しくするのは意外なのだろうか・・・?
「カノン、お前が先に使いなさい」
タオルを逆に押し返され頭の上に被せられた。
それを再度サガの頭に被せてやや乱暴気味に髪を拭いて、水滴が床に落ちないことを確認してから
そのタオルで自身の髪を拭う。


「風呂、沸かしたから」




同じ顔同じ体格なのに華奢に見えてしまうのは異常なほど白い肌のせいなのだろうか?
意外と長い睫毛に水滴が宝石のように散らばって綺麗だ。
「カノン・・・どうかしたのか」
広すぎる浴槽なのにわざわざ隣に腰を下ろして、覗き込むように顔を見つめられて。
きっと自分の顔は紅く染まっていることだろう。
鈍感なこの兄は風呂に浸かっているからとしか思わないだろうが。
「サガこそ何かあったのか」
「え?」
「いや、さっき見た時死にそーな面して崖の下見てっから」
飛び降りるんじゃないかと思った、と言うとサガは心配しすぎだと苦笑いした。
「……お前が出かけた後アイオロスに会ったんだ。昔と変わらずアイオリアの事ばっかり話してさ…」
要するに弟自慢をされたわけだ。
「昔、あいつがそういう話をする度に嫉妬してたのを思い出してね」
ちょっと物思いにふけってたと、微かに笑った顔がどこか悲しそうに見えるのは気のせいだろうか?
「あの頃はお前という存在を知られてはいけなかったから、弟の事を嬉しそうに話すあいつが妬ましかったんだ。
羨ましくもあったけどね。だからかな、私は教皇になってお前に光を浴びさせたかったんだ」
「ちょっ・・!そんな話聞いた事ねぇぞ」
「うん、お前に話すと止めろとしか言わないだろうから」
だから話さなかったのだと。
あの神のようなと言われた姿もすべて自分の為だったという事なのか。
思いがけない告白にじわりと涙が溢れそうになる。
「カノン・・・?」
「悪い、俺そんな事知らずに…」
「いいんだよ、今はこうやって一緒にいられるんだし」
ふわりと微笑んだ笑顔が綺麗でおもわず見とれる。
「こうして何気ない一日をお前と過ごせるのがとても幸せだよ」
「それって…」
「なに、カノン?」
無自覚の中に確かな愛情を感じて。
あぁ、ダメだ。きっと自分の顔はニヤけていることだろう。



「雨、止んだら二人で出かけようか?」
「いいね」
嬉しそうに微笑んで、かわいいかも。
サガに対する自分の気持ちも今までと少し違って。
どこに行こうかなんて他愛のない話に花を咲かせて。
ありきたりだけど、それが幸せってやつなのかな。














その後1時間ほどサガの長湯に付き合ってぶっ倒れたのは言うまでもない。






おわっとけ。

カノン自覚編?