あなたに触れただけで

こんなにも暖かな気持ちになれる

この気持ちは

何なのだろう・・・







Small two of Pieces 2







触れた頬の温かな感触がまだ指先に残っていた。
その手のひらを大切そうに左手で包みこむとゆっくりと深呼吸をする。
タルタロスが遠ざかってその姿が見えなくなると、その場に立ち尽くしたままで居るルークにガイが近づいてくる。
「大丈夫か?ルーク」」
「ん、あぁ、平気だ」
長く息を吐き出しルークは顔を上げた。
「ところで・・・イオン様も連れて行かれましたが」
眼鏡のブリッジを指で押し上げながらジェイドが言うとアニスは思い出したように慌てだす。
「・・・あああ!!しまったーっ!」
「どちらにせよ六神将に会った時点で囮作戦は失敗ですね」
「イオン様・・・どこに連れて行かれたのかな」
「陸艦が立ち去った方角を考えると・・・」
「オアシスの方ですね」
「じゃぁ、このまま陸路でいいのか?」
「責任者は貴方でしょう?お好きにどうぞ」」
ジェイドの言い方は少し人を馬鹿にした態度だったが、どうせアクゼリュスまでの付き合いなのだと特に突っかかることもせずにその場の話を打ち切った。


そのまま陸路でイオンを追ってオアシスに向かう事になった。どのみちアクゼリュスに向かうためにはケセドニアを経由しないといけないので水分補給と休憩を兼ねてオアシスに立ち寄ることにした。
鋭い日差しが燦々と照りつけ徐々に体力を奪っていって、そのせいか皆口数が少なく黙々と砂漠を進んでいく。
やっとのことでオアシスに辿り着く頃には日はもう傾いていた。
「六神将が居た形跡はないな」
「そのようですね。今日はもう遅いですし、ここで宿を取りましょう」
「ん、あぁそうだな」
慣れない砂漠を歩いたことで皆疲れきっていたので異論は出なかった。宿といってもオアシスなので簡易宿泊所だが、夜はぐっと冷え込む砂漠では休めるだけでも有難いことだった。


皆が寝静まった頃、激しい頭痛でルークは目を覚ました。
フォンスロットを通じて頭に直接声が響く。
『・・・聞こえるかレプリカ』
『ルーク・・・?』
『今誰にも気づかれずに抜け出せるか?』
『え・・・?はい抜け出せますが・・何か・・・?』
『話がある。オアシスの外れに泉があるだろう?そこに』
『泉ですね。わかりました』
頭に響いていた声が途絶えるとともにルークを襲っていた酷い頭痛も綺麗に無くなっていた。
ルークは辺りを見回して皆熟睡していることを確認するとそっと抜け出した。


オアシスにある小さな泉にアッシュは居た。
傍らにイオンが横たわっていてルークは思わず眉を顰めた。
「心配すんな。眠ってるだけだ」
前回の邂逅のときとは違った穏やかなアッシュの声。その声にルークは多少の戸惑いを覚えた。
「『ルーク』・・・?」
「・・・それは、もう俺の名じゃねぇ。俺はアッシュだ」
「それでも、貴方が『ルーク』なのです。私は仮の『ルーク』にすぎません。」
「お前は、秘預言を・・・?」
「・・・知っています。そして『ルーク』として死ぬことも」
伏せた瞳がゆっくりとあげられてアッシュを見つめた。
どこか諦めにも似た哀しい色を湛えたそれはあまりにも綺麗で、心臓が跳ねた。
「どうして・・・」
「それを貴方が問うのですか?」
身代わりになる為に産まれてきた。『ルーク』の死を回避するためだけに産まれてきたのにそれを貴方が問うのか、と瞳で訴えてくる。
「何故、逃げない。お前なら容易いだろう?」
「何故、逃げねばならないのですか?私の役目は貴方の代わりに『ルーク』としてアクゼリュスで死ぬことです。貴方が預言から逃れることが出来れば・・・それでいいのです」
『ルーク』という居場所は決して心地よいものではなかった。
どうせ死ぬのだからと屋敷に閉じ込められて。
生贄という腫れ物を扱うかのように屋敷中の皆がよそよそしかった。けれど、それも被験者の為と思えば耐えられた。
「俺の為ではなくて自分自身の為に生きようとは思わないのか?」
生きたいと、そう言って欲しい。
しかしルークは首を振った。
「・・・・・・貴方が私のことを少しでも考えてくださる。もうそれだけで、十分です」
ニコリと微笑むその顔は自分から作られたとは思えないほど儚げで。
すっかり死を甘受しているルークにアッシュは哀しくなってきた。
「・・・お前がそう言うのなら俺はもう何も言うべきではないだろう。だが、俺がお前と供に在りたいと思っていることを覚えておいてくれ」
その言葉に返事はなかった。
ただルークは困ったように微笑んで。
「・・・導師はここに置いて行く。適当に理由考えて連れて帰れ」
「わかりました」
「また、連絡する」
そうすれ違いざまに耳元で囁き、アッシュはルークに背を向けた。


                                               2009.06.23