うだるような暑さの中、スッと吹き抜ける風は涼やかだ。
自身も風のように現れたアッシュがナタリアの背後に立つ。
「アッシュ…」
振り返る緑の瞳。
ほんの一瞬浮かぶ戸惑いの色。
瞬きするのと同時に消えたそれを、見逃すアッシュではない。
心の中で小さく息をついて、
ナタリアの傍らに立ち、同じ空を見上げる。
夕焼け。
「綺麗だな」
「ええ…」
二人の間を暫し沈黙が支配する。
何かが変わってしまうのが怖くて、声を発する事さえ憚られる。
「むかし・・・」
ポツリとアッシュが呟く。
「こんな空の下で誓い合ったよな…」
意を決したように話し出すその声を、ナタリアは静かに聴いている。
「あの約束は守れない…」
「・・・」
「…ヴァンを追っていたときは気付こうともしなかった。けど…」
何となく分かっていた事ではあった。
何時からかはわからないけれど、
彼のルークに対する視線が憎悪ではなく恋焦がれているような熱いものに変わっていた。
本人は気付いていないようだったから黙ってはいたがついにこの日が来てしまったのだと。
静かに語りだすアッシュのほうを見たが、アッシュの顔は背けられていて見えない。
「俺は、あいつと供に在りたいとおもっている」
近くにいるのに、
どことなくアッシュとの間に距離を感じてしまう。
考えすぎなのかもしれないけれど。
「婚約を破棄してくれないか?」
すまない。
耳を傾けてないと聞き取れないような消え入りそうな声。
「そう…」
返ってきたのはその一言だけで。
あの頃には戻れない。
無邪気に恋をしていたあの頃には。
もう、戻れないの…?
「俺達はいつでもお前の側にいるから」
「!?」
アッシュの声に
ナタリアが瞳を上げる。
「俺もルークもこの国を思う気持ちは変わりない。必要があればいつでも呼べ。
俺達が従兄弟で幼馴染というのは変わり様がない」
なんて残酷な言葉なのだろう。
そして、どうしてそんなに優しいのか。
堪えきれなくなりそうな涙をこぼさない様に慌てて上を向く。
見上げた空は、鮮やかな赤。
遠い約束の日の記憶と重なる
あの空と同じ色。
震えるその肩を抱き寄せれば、腕の中に縋り付くように飛び込んできて。
瞳から溢れ出す涙がナタリアの頬を伝って零れ落ちた。
「今少しだけこうしていてくださいませ・・・これで、わたくしなりにけじめをつけますから」
その声にコクリとアッシュが頷いたように見えた。
日も落ちて、
辺りは重なる影を残し闇に包まれた。